近況のご報告です
ラトビアの旅 アールヌーボ建築 
2012年8月31日

今日から9月です。秋風と共に日本の子供さん達は、いよいよ2学期が始まります。地球の裏側のニュージランドのカンタベリ―日本人会からは、寒い冬を越し春の訪れの挨拶と共に運動会のお誘いのメールが届きました。
ここヨーロッパの子供達の夏休みは、7月始めから9月中頃までの2か月半です。大人達も大概1か月は休みをとって家族でバカンスに出かけます。バカンスは、日本人の私にとって何と贅沢に思いましたが、12年以上もルクセンブルグに住んでいる娘の話では、「北ヨーロッパは10月中頃から4月までの半年以上は暗くて寒い長い冬に閉ざされるので、精一杯夏の間バカンスに出かけて英気を養わないと、ノイローゼになる人が多いよ!」 「冬の間は、また来年のバカンスを計画しながら明るい気分にさせて、寒い冬を乗り切るようにしているのよ!」と言う事で、納得できました。そういう娘家族に連れられて、今年の夏休みにラトビア共和国に初めて私も出かけました。

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ダウガヴァ川から眺めたラトビアの首都リガの町の全景です。 高くそびえる教会の尖塔が沢山見えます。ラトビアは、バルト海に面しヨーロッパ北東部に位置する共和制国家で、リトアニア、エストニアとともにバルト三国の一つです。 第一次世界大戦後の1918年にロシアから独立、その後1940年に再びソビエト連邦に占領され、ラトビア・ソビエト社会主義共和国となり、1991年ソ連の崩壊後に独立した国です。私にとっては初めて旧ソビエト圏への旅でしたので、すべてに興味がありました。

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首都リガの飛行場からタクシーに乗って、休み期間に娘家族が借りたホテル兼アパートに着きました。アパートは町の中心にあって隣はレストラン、近くにはスーパマーケットもあり便利でした。アパートの共同入口は道路に面していて、タイル張りの床、高い天井とゆったりしていました。玄関口の奥にはいつも警備の人が居ましたので安全な所でした。

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階段の横に、昔の白黒映画に出てきそうな同じ旧式のエレベータがあったのには、さすがに旧ソビエト圏の古めかしさに驚きました。

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建物全体も古いのですが、借りたアパートの部屋は、新しく改装されていて2DKのゆったりした間取りで、その上シャワー室と御風呂場も付いていました。御風呂場には洗濯機も完備されていましたので、旧ソビエト圏であっても産業は発展しているのを感じました。

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町に出ると、主要道路の上には、電線がこのように一杯連なっていました。

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電線に沿って路面電車が何台も行ききしていました。
これは小エネルギー対策に良いのと、車の排気ガスが少なくなるので一石二鳥です。ソビエト時代、走っている電車の9割を、このラガの町で生産し重工業で栄えてていたのですが、独立後はその仕事を失ったせいで一時 町は活気を失い衰えたそうです。でも、2004年に北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)に加盟してからは、徐々に経済を復興させていますが、通貨は未だユーロでは無く、ラッツでした。


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最初にリガ旧市街の中心の市庁舎広場City Hall Square に行きました。
写真中央にそびえるバロック様式の尖塔は聖ペテロ教会で、右はブラックヘッドのギルトです。


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ブラックヘッドのギルトと言うのは、もう1段上級のグレートギルドへ参加する前の若き貿易商人後継者たちの集会所です。最初は1334年創設されたものですが、破壊されて現在の建物は1999年に建てなおされた新築のものです。入口にマドンナと聖マリティウスの像(右側の黒い顔の像)が飾られています。

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向かい側の市庁舎の傍の美術館では、モスクワ美術館から借りてきた花の絵画展が有りましたので見てきました。

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その美術館には、日本の象牙の刀なども飾られていましたので、ラトビアで日本の古美術を見たのは不思議でした。リガの町の交易の広さを感じました。

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近くのドーム広場にも行き、外壁を修理中のカセドラル教会の中にも入りました。修理中でしたが、私達が滞在していた期間の一晩だけこの教会の北欧で一番大きいパイプオルガンの演奏会が偶然にあったので切符を買って荘厳なバロック音楽を聞きました。

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ラトビアの人口の3割はロシア人ですので、ロシア正教会も建っていました。
私は仏教徒ですが中に入れて頂きました。カソリック教会とは、全く雰囲気が違います。キリストさま、マリアさまが明るい色彩で壁一杯にペイントされていました。個々に熱心に御参りする人が沢山居られましたので、写真は控えました。ピンク、白、空色が今も鮮やかに目に浮かびます。


このリガ旧市街にはアールヌーボー建築が至る所に多数現存しております。建築に興味がある娘家族は、個人のガイドさんをお願いして一緒に見て回りました。
アールヌーボーとは19世紀のフランスから発した建築様式で「新芸術」という意味です。18世紀の主流であったバロック、ロココ様式や、ネオクラシックといった既成のデザインから離れて、植物などの自然や人間を抽象化した曲線美がその特色です。

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ラトビアの国のアールヌーボー建築には、3つのタイプがあるそうです。
ひとつは、丸いアーチ型を多用して、人などの華美な装飾が一杯飾られているものです。


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二つ目は、直線型の装飾が為されているものです。

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3つ目は、ナショナルアールヌーボーと呼ばれ、太陽やこの国の花デージがデザインされているシンプルなものです。b0126231_8755.jpg

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その他に猫の家も見てきました。2匹の猫が屋根の上に彫られていました。これは、ドイツ商人が支配していたギルドにラトヴィア商人が加入を拒否される時代に猫の尻をギルドに向けて載せたという抵抗シンボルだそうです。

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川沿いに建っている塔は、昔はラトビアを統括していた騎士団の御城でしたが、今は大統領府になっています。

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町には、この他に木材でできた日本的は家屋もありました。世界遺産に指定されている
アールヌーボー建築もあれば、荒廃した建物もあるラガでした。

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食物は、ハーブを使った優しいくて美味しい料理でしたので、次回は食物とハーブ編です。

皆さま御身体ご自愛ください。

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# by m-mitsue | 2012-09-01 08:17
ルクセンブルグの夏休み
2012年8月15日

はや8月中旬ですね。日本は御盆の真最中ですね。 お墓参りを兼ねて、郷里の夏祭りも楽しんでおられますか? ニュージランドは寒い冬も峠を越し、梅が咲く頃でしょう
か? 平素の御無沙汰お許しください。 

私の居るルクセンブルグは、緯度も高く丘の多い森の国ですから、夏の暑さも凌ぎやすく、国民は束の間の太陽の日射しを満喫しています。この太陽の光を帯びて、直径10以上もあるヒマワリが満開です。

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娘婿が田舎道を自動車で通った時に、無人の屋台にひまわりが売られていたので、花好きの私に持ち帰ってくれました。


農業国でもありますので、トウモロコシ畑が点在しています。動物の飼料にするのでしょうが、御店の野菜コーナでも見つけましたので私も買いました。ニュージランドのトウモロコシに負けないくらい美味しかったです。

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ヨーロッパの学校関係の夏休みは7月中旬~9月中旬の2か月あります。民間関係の会社は、子供の休み期間に、3週間~1か月 職場の人達が交代で休みを取り、その間に、大概の家族は何処かにバカンスに出かけます。

子供達の夏休みの過ごし方をご紹介いたします。
高学年の方は、ボーイスカウトやガールスカウトに所属している人達が多く、汽車の駅で大きなリックを背負っている人達に出くわしました。


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自転車も、気楽に汽車に乗せることが出来ますので、ホームでは自転車を運ぶ若者たちで一杯でした。きっと自転車に乗って、遠くの森に出かけてキャンプ生活をするのでしょう。

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小学校に行く前の幼児は、保育園が休みに入る前の前日に、親が保育園の音楽教室に招待されます。音楽の先生は、幼児音楽の専門家ですので、音楽を体に楽しめることを教えていますから、子供達は歌いながら遊戯をしていました。

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保育園が御休みに入ると、両親が働いている家が多いので、保育園に代わって、各村の役所は、Spii & Spaass 『 遊んで&楽しむ』と言う機会を子供達に企画します。

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Spii & Spaass の期間は、朝9~5時(丸1日)が2週間続きます。保育園の先生に代わって、大学の学生さん達がアルバイトで 子供達の世話をします。
孫のマリカのグループ(像さんグループ)は、朝は御姉さん先生に連れられ、徒歩で近くの森に出かけたそうです。行く前と帰った後に、必ず名前と人数確認をしているようです。

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森にでかけた子供グループは、3時ごろ保育園の庭に戻って、他のグループと合流してから、再び大勢で遊びました。 男の子供は御兄さんが大好きです。 

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女の子は御姉さん達が大好きです。最後は、御兄さん御姉さん先生の前に、皆なが集まって 物語を聞いたり、歌を歌ったりして楽しみます。

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アルバイトをしている大学の学生さんは、Spii & Spaass の前に、役場から子供の世話をするための安全教育を受けるそうですので、Spii & Spaassは、彼らが結婚をした後に役立つ経験となりますので、若者教育にもなっています。



幼児向けのプール教室もありました。 

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ルクセンブルグの役所は、子供や若者だけではなく、60代を過ぎた人達にも健康を保つためのキネセラピーの体操教育をしています。

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先生(真ん中に座っている方)は、長年病院でキネセラピストとしてリハビリテーションをしていた経験の持ち主です。ヨーロッパに居ても、私は、このキネ体操にもたまに参加して、この国の人々と触れ合うようにしています。 

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でも今は、夏この教室は休みですので、 庭で太極拳や気功に励んでいます。

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ルクセンブルグは税金も高いそうですが、国民への配慮が行きとどき住みよい国に感じます。クライストチャ―チ地震で住む家を無くした私も、御蔭さまでこの国の恩恵を受けています。 だから、生活を通して感じたことを皆様に報告できますので、ありがたいことです。

日本やニュージランドの役所でも、昨今は同じように様々な教育企画が行われていますので、御自分に興味が有ることを見つけて、参加すれば自分への楽しみが増えそうです。

皆さま御身体ご自愛ください。

                                      感謝    松村温江
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# by m-mitsue | 2012-08-15 21:14
ベルギーの旅 ブルージュ
2012年7月28日

私達シニア3人組は、ブラッセルを後にフランドル地方(オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部一帯)の水の都と呼ばれるブルージュに出発しました。乗車駅はBruxelles Central ブラッセル中央駅からでした。ヨーロッパの駅は改札が無く、直接プラットホームに通じますので、先ずは自分達の乗る列車のホームを確認しなければなりませんが、ブラッセル中央駅を同じ時刻に出発する汽車が3本もあり、ブルージュは途中下車なのでOostende 行きか、 Blankenberge 行きに乗るのか、分かりませんでした。私は駅員さんを探して尋ねたところ、2番ホームと教えて頂きましたが、結局の所4番ホームでした。なぜなら、2番ホームに着く汽車が20分遅れているためでした。ヨーロッパの汽車は、時々時間通りにこないで1時間位以上も遅れることもあるそうです。汽車に乗りこんでも、次の停車駅の知らせもないので、自分達で停車駅を確認しなければなりません。だからヨーロッパの汽車の旅には、どんなハプニングが起きても対応できるように、路線図での確認が必要だと思いました。

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ブルージュに着くと、ホテルにチェックインをした後に、早々に町の中心マルクト広場に出かけました。観光客の人でいっぱいでした。広場の西側〈写真上方)は、古い切妻屋根のレストラン、カフェが並んでいました。

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広場の東側にはネオゴシック風の市庁舎です。町を一周するツアバスが、この前から出ていますので、早速それに乗って市内観光をバスから眺めました。

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途中で、今も残っている風車を見ました。18世紀頃には、沢山の風車が使われていたそうですが、今は観光用で使われていません。昔の魚市場や裁判所跡、などを見て、再びマルクト広場に帰ってきました。

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南側にそびえるのは、町のシンボル鐘楼Belfort 〈世界遺産) です。これは教会ではありません。ブルージュBrugge(橋と言う意味)の町は、運河が縦横に流れていて50以上の橋がかかっていて、北海と水路で結ばれていました。12~13世紀は、西ヨーロッパ第一の貿易港で栄えた商人の町でした。この鐘楼は13~15世紀に市民たちの手で作った建物です。それを知って栄えた日本の堺市を彷彿させました。

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2階には、中世の宝箱が飾ってあり、厳重な二重扉になっていました。

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石のらせん状の階段366段を登って、高さ88mの鐘の塔に、私達も上がりました。
大小47個の鐘が組まれたカリヨン〈組み鐘〉です。
15分ごとに鳴るので、塔の上でも、町を歩いている時でも綺麗な音色を聞くことが出来ました。

鐘楼Belfortの頂上から眺めたマルクト広場と、

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鐘楼Belfortの頂上から眺めた壮大なブルージュの町並、左側に高くそびえるのは聖母教会で、右側にそびえるのは救世主大聖堂です。

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次に私達はクルーズに乗って、運河から町を眺めました。正面にそびえるのは救世主大聖堂です。

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バスとクルーズに乗って、町の様子を把握した私達は、翌日は徒歩で歩きまわりました。
最初は、12世紀に建てられた聖ヨハネ施療院(ホスピタル)で、今はメムリング美術館に利用されていました。そこで中世の医師が使った手術道具を見ましたが、あまりのグロテスクな造りに圧倒されて写真を撮るのを控えました。

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聖母教会の前には、マリア像が建っていました。

教会内の祭壇には、ミケランジェロの聖母子像が参拝する人を迎えてくれました。

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聖母教会の周りを歩いていたらハーブの花壇に出くわしたので、中世はこの教会でもハーブを育てて、信者さまの病気を手当てしていたのでしょうね。

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手前の黄色の花は、カレンデュラーです。胃の不調にはハーブティーにして飲み、皮膚の炎症にはカレンデュラー油を作って皮膚に塗ります。


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ブルージュには、現在は5万の人口に対して25以上の教会があります。15世紀頃は、ブルージュへの水路が泥で浅くなったために商船の出入りが出来なくなって、町は寂れてゆきました。きっと、その静寂さを求めて、修道僧や修道尼が多く住むようになったのでしょうか?
一番古い教会が救世主大聖堂です。中に入ると、聖歌の練習をしているグループに合いました。写真上には、18世紀の立派なゴブラ織りのタペストリーが飾ってありました。

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ベギン会修道院〈世界遺産)にも散策しました。菩提樹の木々の間から見える白い建物群には、今の修道尼さん達が住んでおられます。

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旅の思い出に、マルクト広場から私達は馬車にも乗りました。

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騎手は、ベルギーの可愛い女子でした。前の晩に私達はマジパンを試食して、あまりの甘さにびっくりして日本人の口には合いませんでしたので、彼女にマジパンの事を尋ねたところ、大好物だと言う返事が返ってきました。

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ブルージュの、町には、マジパンを売る店が沢山ありました。マジパンとは、アーモンドをすりつぶし砂糖を混ぜて半固形状にしたものです。 黄色はオレンジの味、赤色はフランボワーズ、白と茶色の混ざった物はラムレーズンの味です。このように特徴的な味と色をつけて、ケーキの飾りにもします。

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ヨーロッパの人に、日本のあんこを好まない人が多いので、やはり子供の頃 慣れ親しんだ味が味覚を決定するのでしょう。やはり文化の差を理解することが大事だと感じた旅でもありました。


日本の皆様には、暑さきびしき折柄、熱中症に気をつけて下さい。
ニュージランドの皆様には、厳寒のきせつです。御風邪を召しませぬように御自愛ください。
                             
  
                                              松村温江
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# by m-mitsue | 2012-07-28 18:01


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