近況のご報告です
<   2012年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧
ラトビアの旅 薬博物館
2012年9月27日
 
9月もまもなく終わります。今年の日本は秋になっても暑さが続いていたと伺っています。その上 中国、韓国と島をめぐっての領土問題と今後の政治の行方もハラハラされていることと存じますが、皆さま御元気でいらしゃいますか? 海外で暮らす私達も日本関連のニュースに一喜一憂しております。

旅から戻って随分たちますが、今日はラトビアの首都リガにある薬博物館の充実した展示物をお伝えします。
ダウガヴァ川を隔てたリガの町の中心地にある狭い通りに、その博物館の建物がありました。興味がなければ、見過ごしてしまいそうな入口です。

b0126231_7165632.jpg


でも玄関に入れば、すぐ右手に受付があって、入館料一人1ユーロを払いました。すると、ラトビアの御年配の女性が私と娘の2人のために館内を案内して下さる様子でした。でも、私達がラトビア語を理解できないのを知ると何処かに行かれてしまいました。この博物館には、めったに外国人の旅人はこないのでしょう。見学者は私達2人でしたので、ゆっくり見学ができました。
最初の部屋には、昔使われていた植物の標本が写真のように陳列されています。右手の棚には、日本や中国で使われている漢方薬の材料となる乾燥した植物の根、茎、種などと同じ標本です。やはり西洋のハーブの材料は、漢方薬の材料と同じ植物もあるからだと私は思いました。

b0126231_7183989.jpg


次の部屋は、近代の薬局が、そのまま一部屋に納められていました。

b0126231_7193786.jpg


上の棚に置かれている瓶は、乾燥ハーブをアルコールで抽出したチンキ液の数々です。患者さまの症状によって、これは単品で使ったり、又は5,6種類を混ぜて調合したりします。

b0126231_7203047.jpg


下の棚には、乾燥ハーブが納められている棚です。漢方薬の百味箱と同じですね。
症状によって、この箱から何種類かのハーブを選びます。

b0126231_7211230.jpg


そして天秤で量をはかり、量によって、陶器製の乳鉢か写真の手前にある大きな鉄で出来た粉砕器に入れて細かく砕いてから患者さんに渡すのでしょう。それを患者さんは、葉の柔らかい植物なら熱湯を加えハーブティ(インフゥージョン)に、根、茎、種の固い植物なら水から入れて煮て煎じ液にして飲みます。

b0126231_7215560.jpg


その頃、売られていた植物で出来た軟膏や薬の陳列です。

b0126231_7354454.jpg


近代薬局の隣には、産業革命以後に、植物の有効成分だけを取り出し、その成分を化学合成して出来た西洋薬を扱う病院の調剤室もそのまま再現されていました。

b0126231_7231683.jpg


アロマセラピーの精油(エッセンシャルオイル)を水蒸気蒸留で作る時に使う器具類も展示されていました。

b0126231_7274957.jpg


私達が熱心に時間をかけて見学をしていたので、博物館の人が不思議に思ったのでしょうね。私達がアルコール漬の瓶を眺めていたら、途中から英語の分かる博物館の年配の男性が現れ、「これは何かわかりますか?」と言う質問を受けました。私は「高麗人参と蛇で、日本も昔はマムシなどを強壮の薬に使っていました。」と答え、自分が日本の薬剤師であること、漢方薬局に勤務していた経験があることをお伝えしました。

b0126231_7285174.jpg


その後、中庭も案内されて、小さなハーブの花壇があって、その中でもエキネシアを指して、「何ですか?」と聞かれましたので、やはりラトビアでもこのハーブを重視しているようです。エキネシア(写真の右にある赤い花)は、殺菌力が強く免疫効果があるので、ヨーロッパの風邪薬のシロップに配合されているのを見かけます。

b0126231_7293920.jpg


中世時代は薬屋は無く、ハーブの知識がある年配の女性が、森の近くの小屋に住み、ハーブを育て、収穫をした薬草で病人に治していたのでしょう。そのような小屋も展示されていました。このような人が中世時代は、魔女と言われ「魔女狩り」にあったのかと脳裏に浮かぶと、ちょっとはかない気分になりました。

b0126231_7333496.jpg


でも、中庭に薬草風呂のある小屋を見つけて私の心が和みました。
岩石を積み上げたコンロで火を起こし、小屋一杯に吊るした沢山のハーブ束をいぶし、
日本の昔に使われていたような風呂桶で湯を沸かして、その中で体を癒していた様子が目に浮かびました。

b0126231_7342932.jpg


そのような光景の写真も左の壁一面に張ってあり、ゆりかごも吊るされていましたので
薬草の蒸気で、病気の赤ちゃんも治していたのでしょう。気管支の病気には特に薬草の水蒸気は良いですからね。

b0126231_735460.jpg


ラトビアの国の名前さえ知らなかった私でしたが、薬草を通じて本当に身近な国となりました。旅からいろいろな事を教えて頂きました。                   感謝
                                              松村温江
[PR]
by m-mitsue | 2012-09-27 07:37
ラトビアの旅 豊富な食物 
2012年9月13日

9月も半ばに入り、ヨーロッパはすっかり涼しい秋です。来週からヨーロッパの学校の新学期が始まりますので、どの家庭も子供達が学校に通う準備で大忙しです。

今日は、先日行ったラトビアの食物の話です。
フランス、ルクセンブルグ、ベルギー同様、どこのレストランの味も大変美味しかったです。その上、御値段も北欧なのに、旧ソ連圏は食物、衣服、電化製品も安く感じられました。

料理は、ヨーロッパのさまざまなチーズと沢山のハーブが使われミックスされた味でした。
グリンのディルの葉がトッピングされたチーズ風味のクリームスープ


b0126231_446833.jpg


バジルやディルの葉、ヤギのチーズがミックスされたトマトとキュウリのサラダ

b0126231_4464634.jpg


メインディーシュの肉料理は、マスタードの粒と葉っぱが添えられていて、肉と一緒に味わうようになっていました。

b0126231_4474824.jpg


この国はライムギで作った黒パン〈写真前方〉が有名です。パンにつけるソースと言えども、ハチミツ、生姜などさまざまな味がミックスされ料理人のこだわりが感じられました。 水刺し(写真後方)にはミントの葉っぱとライムの輪切りが入っている水は爽やかな味でした。 ヨーロッパでは、たいがい水は買わなければなりませんが、この国のレストランはサービスでした。

b0126231_4483750.jpg


しかし、旧ソ連圏で黒海に面したグルジア(ジョージアGeorgia)料理のレストランに行った時に興味があって普通の水ではなくジョージア水を頼みましたら、なんと塩っぽい水が出てきたのには驚きました。黒海の塩は有名ですから、水もその塩が入っていたのでしょう。薄味に慣れている私達は、その水は飲むことができませんでしたが、料理は美味しかったです。ヨーロッパとアジアの中間点に位置する国ですから、料理も折衷でした。右はヨーロッパのチーズピザ、左は中国包子(パオズ)に似ていました。

b0126231_4491198.jpg


ラガの町の人は、出勤前にパン屋に出向いて朝食を食べる人が多いようです。パン屋に、テーブルと椅子が用意されていて、買ったばかりのパンとコーヒを楽しんでいる姿を良く見かけました。パンも、日本のパンと良く似た味で、ほうれん草の野菜パン〈右)やウインナー〈後)やチーズ入りパン〈中)も有って種類が豊富でした。カニ入りマヨネーズパン〈前)の上にもイタリアンパセリが飾られています。

b0126231_4504213.jpg


ケーキの上にもイタリアンパセリがのっています。

b0126231_4515984.jpg


スーパマーケットの野菜売り場に行くと、野菜の中に色々なハーブも一緒に売られていました。

b0126231_4523415.jpg


特に ディル(左)と イタリアンパセリ〈右)が豊富でした。

b0126231_4534087.jpg


ディルDillの語源は、古代のスカンジナビア語で「鎮める」という意味の、「dilla」が由来ですので鎮静作用があります。芳香健胃、嘔吐・冷え・しゃくり止め、駆風、母乳分泌,利尿促進などの多くの効果がありますので、この国では重宝されているハーブです。フェンネルと良く似ていて区別がつきにくいですが、種がフェンネルよりは小さいです。

イタリアンパセリは、ちぢれ葉を持つ日本パセリと形が違い、細長く裂けた葉が特徴です。香りは優しいですが、βカロチン、ビタミンC、鉄を含み、殺菌、健胃、口臭除去、貧血、成人病予防に良いです。

このようにラトビアの国の食文化の豊かさに感動した旅でした。それで旅の終わりは、ハーブなどの薬草を展示してある薬博物館に出かけました。次回をお楽しみください。

季節の変わり折柄、御身体ご自愛ください。        
                                         松村温江 

[PR]
by m-mitsue | 2012-09-13 04:54
ラトビアの旅 アールヌーボ建築 
2012年8月31日

今日から9月です。秋風と共に日本の子供さん達は、いよいよ2学期が始まります。地球の裏側のニュージランドのカンタベリ―日本人会からは、寒い冬を越し春の訪れの挨拶と共に運動会のお誘いのメールが届きました。
ここヨーロッパの子供達の夏休みは、7月始めから9月中頃までの2か月半です。大人達も大概1か月は休みをとって家族でバカンスに出かけます。バカンスは、日本人の私にとって何と贅沢に思いましたが、12年以上もルクセンブルグに住んでいる娘の話では、「北ヨーロッパは10月中頃から4月までの半年以上は暗くて寒い長い冬に閉ざされるので、精一杯夏の間バカンスに出かけて英気を養わないと、ノイローゼになる人が多いよ!」 「冬の間は、また来年のバカンスを計画しながら明るい気分にさせて、寒い冬を乗り切るようにしているのよ!」と言う事で、納得できました。そういう娘家族に連れられて、今年の夏休みにラトビア共和国に初めて私も出かけました。

b0126231_7501926.jpg


ダウガヴァ川から眺めたラトビアの首都リガの町の全景です。 高くそびえる教会の尖塔が沢山見えます。ラトビアは、バルト海に面しヨーロッパ北東部に位置する共和制国家で、リトアニア、エストニアとともにバルト三国の一つです。 第一次世界大戦後の1918年にロシアから独立、その後1940年に再びソビエト連邦に占領され、ラトビア・ソビエト社会主義共和国となり、1991年ソ連の崩壊後に独立した国です。私にとっては初めて旧ソビエト圏への旅でしたので、すべてに興味がありました。

b0126231_7511424.jpg


首都リガの飛行場からタクシーに乗って、休み期間に娘家族が借りたホテル兼アパートに着きました。アパートは町の中心にあって隣はレストラン、近くにはスーパマーケットもあり便利でした。アパートの共同入口は道路に面していて、タイル張りの床、高い天井とゆったりしていました。玄関口の奥にはいつも警備の人が居ましたので安全な所でした。

b0126231_7525637.jpg


階段の横に、昔の白黒映画に出てきそうな同じ旧式のエレベータがあったのには、さすがに旧ソビエト圏の古めかしさに驚きました。

b0126231_752365.jpg


建物全体も古いのですが、借りたアパートの部屋は、新しく改装されていて2DKのゆったりした間取りで、その上シャワー室と御風呂場も付いていました。御風呂場には洗濯機も完備されていましたので、旧ソビエト圏であっても産業は発展しているのを感じました。

b0126231_7543964.jpg

b0126231_7554419.jpg


町に出ると、主要道路の上には、電線がこのように一杯連なっていました。

b0126231_7563846.jpg


電線に沿って路面電車が何台も行ききしていました。
これは小エネルギー対策に良いのと、車の排気ガスが少なくなるので一石二鳥です。ソビエト時代、走っている電車の9割を、このラガの町で生産し重工業で栄えてていたのですが、独立後はその仕事を失ったせいで一時 町は活気を失い衰えたそうです。でも、2004年に北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)に加盟してからは、徐々に経済を復興させていますが、通貨は未だユーロでは無く、ラッツでした。


b0126231_7573488.jpg


最初にリガ旧市街の中心の市庁舎広場City Hall Square に行きました。
写真中央にそびえるバロック様式の尖塔は聖ペテロ教会で、右はブラックヘッドのギルトです。


b0126231_7583013.jpg



ブラックヘッドのギルトと言うのは、もう1段上級のグレートギルドへ参加する前の若き貿易商人後継者たちの集会所です。最初は1334年創設されたものですが、破壊されて現在の建物は1999年に建てなおされた新築のものです。入口にマドンナと聖マリティウスの像(右側の黒い顔の像)が飾られています。

b0126231_7592748.jpg


向かい側の市庁舎の傍の美術館では、モスクワ美術館から借りてきた花の絵画展が有りましたので見てきました。

b0126231_802792.jpg


その美術館には、日本の象牙の刀なども飾られていましたので、ラトビアで日本の古美術を見たのは不思議でした。リガの町の交易の広さを感じました。

b0126231_81573.jpg


近くのドーム広場にも行き、外壁を修理中のカセドラル教会の中にも入りました。修理中でしたが、私達が滞在していた期間の一晩だけこの教会の北欧で一番大きいパイプオルガンの演奏会が偶然にあったので切符を買って荘厳なバロック音楽を聞きました。

b0126231_74232100.jpg


ラトビアの人口の3割はロシア人ですので、ロシア正教会も建っていました。
私は仏教徒ですが中に入れて頂きました。カソリック教会とは、全く雰囲気が違います。キリストさま、マリアさまが明るい色彩で壁一杯にペイントされていました。個々に熱心に御参りする人が沢山居られましたので、写真は控えました。ピンク、白、空色が今も鮮やかに目に浮かびます。


このリガ旧市街にはアールヌーボー建築が至る所に多数現存しております。建築に興味がある娘家族は、個人のガイドさんをお願いして一緒に見て回りました。
アールヌーボーとは19世紀のフランスから発した建築様式で「新芸術」という意味です。18世紀の主流であったバロック、ロココ様式や、ネオクラシックといった既成のデザインから離れて、植物などの自然や人間を抽象化した曲線美がその特色です。

b0126231_834453.jpg


ラトビアの国のアールヌーボー建築には、3つのタイプがあるそうです。
ひとつは、丸いアーチ型を多用して、人などの華美な装飾が一杯飾られているものです。


b0126231_844718.jpg


二つ目は、直線型の装飾が為されているものです。

b0126231_854213.jpg


3つ目は、ナショナルアールヌーボーと呼ばれ、太陽やこの国の花デージがデザインされているシンプルなものです。b0126231_8755.jpg

b0126231_881015.jpg



その他に猫の家も見てきました。2匹の猫が屋根の上に彫られていました。これは、ドイツ商人が支配していたギルドにラトヴィア商人が加入を拒否される時代に猫の尻をギルドに向けて載せたという抵抗シンボルだそうです。

b0126231_885675.jpg

b0126231_892189.jpg



川沿いに建っている塔は、昔はラトビアを統括していた騎士団の御城でしたが、今は大統領府になっています。

b0126231_8112537.jpg


町には、この他に木材でできた日本的は家屋もありました。世界遺産に指定されている
アールヌーボー建築もあれば、荒廃した建物もあるラガでした。

b0126231_8122982.jpg



食物は、ハーブを使った優しいくて美味しい料理でしたので、次回は食物とハーブ編です。

皆さま御身体ご自愛ください。

[PR]
by m-mitsue | 2012-09-01 08:17


以前の記事
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
more...

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧