近況のご報告です
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サザンアルプスの峠アーサーズパス
2011年12月30日

クリスマス25日もクライストチャ―チは余震で揺れました。
私は28日までアーサーズパスで休暇を過ごし、クライストチャーチに帰ってからも数回小さな揺れを感じております。 隣の住人レスリーとダイアナ姉妹にとっては、昨年からずっと続いている地震で疲れきっていたので、このクリスマス休暇を山の中で過ごしたのは心身の休養になりました。
皆様はアーサーズパスを御存知ですか?24日 一路アーサーズパスに向かっている車からのサザンアルプスの眺めです。

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ニュージランドの地形は日本と大変よく似ています。国土面積は日本の四分の三ですが、北海道と本州のように北島と南島に分かれています。その南島の中央高地にサザンアルプス連峰が位置しています。太平洋に面する≪東海岸≫クライストチャーチからエーベルタスマン海に面する≪西海岸≫ホキチカまで行くためのルートを、ヨーロッパ人で初めて開拓したのが Arthurs Dobsonアーサーズ ドブソン でしたので、彼の功績をたたえ、この峠をアーサーズパスと呼ぶようになりました。勿論 その前にも原住民マオリ族が、山々の麓に住んで生活をしておりました。

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ひとまず 私達はクライストチャーチからは3時間半で、レスリーとダイアナ姉妹の友人の別荘に着きました。クリスマスイブの夜は、私が日本から持ってきたホワイトクリームシチューの素を使って簡単に温かいシチューを作り、パンとサラダで取りあえず疲れを癒しました。皆なの高いびきを聞きながら、地震は本当に心身を疲れさすのだなとつくづく思いました。私は娘の家で5カ月も避難していたのは幸いでした。

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翌朝 25日クリスマスの日はアーサーズパスの小さな教会に出向きました。

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アーサーズパスは本当に小さな村で、インフォアメーションセンターとYHAなどの宿泊施設しかなく牧師さんはおられませんから、イギリスから休暇でアーサーズパスに来られている御夫婦が急にミサを執り行うことに決まったので、私達も幸運にも参加させて頂きました。

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イギリスの御夫婦の家族が、聖書を読み、そして聖書の歌を歌い

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イギリスの家族と偶然に同じ宿泊施設に泊まっているアメリカからきた家族とが話し合って、合同のミサをすることになったそうです。そのアメリカの家族が、ハンドベルでクリスマスソングを奏でました。

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今日のボランティアミサに参加した全員の写真をとって、2012年を迎える皆の記念にしました。イギリス、アメリカ、ニュージランド、日本と偶然にも厳かに心を和した空間でした。それにしても イギリスやアメリカの人達の宗教心の厚いのにびっくりしました。

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教会から帰って、すぐにクリスマディナーの用意をしました。 ラム肉の皮の部分にガーリック片を6.7個埋め込んで、その上にローズマリ-の刻み、塩、コショウを振りかけて、余熱をしていたオーブンに初め15分は強火で、その後 周りに野菜を乗せてから弱火で3時間じっくり焼き上げます。 これが、ニュージランドスタイルです。ラム肉の臭みは取れ、肉もジューシで柔らかく仕上り大変美味しいです。
ちなみにローズマリ-のハーブは細胞の活性化をはかり記憶力を良くしますので、私は試験の前にはこのローズマリ-から抽出した精油をクリームに混ぜて良く首と顔のマッサージしたものです。

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付け合わせのポテ^ト・じゃがいもを茹でる時は、ミントを入れるのがコツです。ミントは味を良くするだけではなく胃腸をすっきりさせます。
出来上がったところで、友人クレアも到着したので、2時から早めのクリスマスディナーです。

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お腹が一杯になったところで、夕方の散歩のつもりで Dobson Truck の近くまで車で行ってから登り始めました。登山は本当は早朝から歩くのが鉄則ですが、レスリーダイアナ、クレアは登山のベテランでこのアーサーズパスのコースを知りつくしていますから、皆様は真似をしないでくださいね。山の天気は急変しますからね。

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途中の高山植物でできたマウンテンカペットの所で一休みをして、その植物の特性をレスリーは説明しました。インセクトキャッチャーと言って、ネバネべの液をだして昆虫を掴まえます。

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翌日26日は、Bridal Veil Track をサンドイッチのランチ持参で朝から登りました。

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途中の橋のたまとで エバーラスティンと言う植物を初めて私はおめにかかりました。
この精油の名前は知っていましたので感無量でした。

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マオリの人が下痢止めに使う 植物Koromiko です。葉っぱが綺麗なグリーン色をしていて効きそうですね。

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27日は、2月の地震の時に軍隊によって閉鎖されていた道をポリスと交渉して、私の崩れた家の中からパスポートが入っている大事なトランクを取り出して来てくれた若者トリスティンが、私を訪ねてくれました。
そして前後して今度はレスリーダイアナ姉妹の共通の友人ダビットが、父親のエリック、弟のマーティンを連れて、ロッジに訪問して下さいました。御土産に美味しいハムと白ワインを持参して下さったので、私達はサラダを2種類、チーズとパン、沢山のポテトーを蒸して皆な大勢で乾杯をして久しぶりの再会を喜び合いました。

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トリスティンの母親アンナは、レスリーの友人です。アンナは以前の私の気功教室にも参加して下さったなかです。だから 何かあったら皆なで助けあうことが出来るのは
皆の持ち寄り、ワイン、ハム、パン、チーズ、サラダ、ポテートでのポットラックパーテーのような気取らない平素からの付き合い方のせいだと思います。これがニュージランドの良さだと思います。

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食事の後は、また 山登りをして、その後 私が作っておいた味噌汁を飲んでいただき、グリンティ―とクリスマスケーキでお別れしました。
ダビットの父親のエリックさん89歳は、第2次世界大戦の後、ニュージランド軍人として広島、呉にも駐屯された経験があるので日本の事を良く知って居られました。
ささやかな味噌汁とグリンティ―でしたが、本当に喜んで下さいました。

2012年が、まもなくです。今年は大変お世話に成りありがとうございました。
また この一年 私のブログを読んで下さって厚く御礼申し上げます。

乾杯をする時、天国の夫は生前 ”サル―“と言っておりました。 彼曰く 人生には3つの事が大事だよ! サルー、ペソ、アモーレ  健康、それを担う経済、愛 だよ!
今年は日本、ニュージランドにとって天災の年でした。
どうぞ 2012年 皆様に この3つの宝に恵まれますように念じます。   
                                       

                            
帰り道に、咲いていた野生のローズヒップの花を、皆さまの心に御送り致します。 
来年に希望をこめて  Good Luck  !
                         松村温江                      


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by m-mitsue | 2011-12-30 11:03
クライストチャーチのクリスマス
2011年12月23日

今日も揺れたクライストチャ―チです。
御昼の2時過ぎ、グラグラと揺れたかと思ったら、突然 マグニチュード 6.o の大きな地震が
久しぶりにありました。 その後も何回か揺れています。
どうも 昨年のクリスマスシーズンにも、数回ありましたからね。


私は、ちょうど明日からのArthus Pass で過ごすクリスマスの買物に出るときだったので庭にいました。咄嗟に大きな胡桃の木の下で納まるのを待ちました。小屋が揺さぶられているのを冷静に眺めてから、部屋に入ったら物が少し倒れていただけで大丈夫でした。でも、救急車のサイレンが遠くで鳴っていますので、何方かが怪我をしたかもしれません。今も時々小さな余震を感じますが、私が住んでいる小屋はとても安全ですのでご安心くださいね! Down Town の大型スーパは、この地震で一旦 閉店していましたが、個人のお店はオープンしていたので、果物、やさい、パンなどは買え、ひとまず安心しました。

ちょうど 3,4日前に、私の住んでいる小屋の傍に ハリネズミ hedge hog が 昼間から出ましたのは
この地震の前触れを先に ハリネズミ君は察知していたのでしょうか?

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子供達は、夜 サンタさんが、煙突や窓から、皆なの所にプレゼントを持ってくることを信じていますね。だから私も今年は、12月 中旬に小屋の小部屋に欲張って3人のサンタさんを飾りました。


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3人のサンタさんは、其々 地震が起こった昨年以来私が御世話になっている御家族に、プレゼントをして
今は手元にありません! きっと子供さん達は良いプレゼントを頂けるでしょうね。

日本は大変寒いでしょうから、道が凍って歩く時に気をつけて下さいね。 
また車の安全運転もお願い致します。

昨年の日本は地震と原発で大変な1年でしたが、御家族で
大晦日には暖かいお風呂に入り、年越しそばを食べ、
新年には、おせち料理を囲んで美味しい御雑煮を味あうことができますように!
佳きクリスマス、新年をお迎え下さい。
2012年が、御健康、御多幸、御慈愛 に恵まれますように
 
共にお祈りしましょう。

                                                      松村温江
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by m-mitsue | 2011-12-23 15:31
クライストチャーチ地震後のレッドゾ―ン
2011年12月20日

漸く、1昨日の日曜日、イエローゾーンに居るレスリーから“近所の人の集まりがあるから、ミツも出席してね。”と言う御電話を頂いたので、NZに戻ってから初めてクライストチャーチ市内の中心地レッドゾーンに行ってきました。
レッドゾーンとは、今年2月に起こった第2回目のクライストチャーチ地震後9カ月たった今も、政府の手で完全閉鎖されて誰も立ち入り禁止の所です。そのゾーンにあった赤色ステッカーの家は、大変危険なので、政府の手で家も土地も没収して、代わりに2007年の評価価格の代金を受け取って強制退去に成った家のことです。

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写真はイエローゾーンのレスリーの家に張ってある 黄色ステッカーです。2月から張ってあるので色があせてしまっています。赤色ステッカーの張ってあるゾーンには、私達はいけませんので、きっと紙が赤色なのでしょうね。

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町の中心のレッドゾーンは、大聖堂を中心に、コロンボ、ハイストリート、マンチェスター、マドラス、ウースタ、グロスター、アーマー・・など、ヘレフオード、キャセル、モントリオール・・・などの一部分の本当に観光の中心地でした。今は写真のように鉄柵で囲まれています。私は、自分が住んでいたモントリオール方面から歩き始めました。
ダーラム通りから眺めた エーボン川のウースタ通りに架かっている橋の向こうは、地震前は大聖堂が見えましたが、先頭が崩れ落ちたので今は見えません。 左側の白い建物はリッジェスホテルです。

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ケンブリッジ通り沿いのエーボン川は、地震後、底が浮き上がったのでしょう、水嵩が増えていますが、並木道は昔通りで私はほっとしました。沢山の木は倒れましたが、残った植物は天災に強いです。

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少し歩いてゆくと、パブが沢山並んでいたオックスフォードテラスです。崩れ落ちた建物は、すでに政府の手で瓦礫が撤去されて何もありません。

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キャセル通りの一部分だけが、先月から政府の手でオープンされ、民間のテナントを集い、各店が商売を始めました。各テナントは、同じ四角の箱型で出来た店を作り、これをShipハウス (同じ箱型が連なって船のような形なのでしょうか?)と呼ぶそうです。朝9時はガラン として人気がありませんでした。

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でも 正午ごろにもう一度出かけた所、大勢の人でにぎわっていました。大聖堂の名物男(三角帽子をかぶった黒服の紳士)は、このキャセルモールに登場していました。

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彼は、政府がすべての伝統的な物を撤去しているので stopの撤去反対スローガンの署名運動をしていました。この国は、政府管轄の場所でも、反対運動ができる自由さがあるのは実に不思議で寛大な国民性ですね。この国だからこそ、マオリ語も、マオリ文化も大事に継承されているのだと私は思いました。

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このキャセルモールから、大聖堂広場に行く道のゲートが朝9~夜7時まで通ることができます。出口には コイン入れの震災復興寄付金ボックスがおいてありましたので、皆様もご見学下さいね。今月の12月18日で、また閉鎖されますからね。

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まだ撤去されていないコロンボ通り沿いも通って、コロンボとヘレフォードの角地です。

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大聖堂を見てきました。2月の地震の時は花祭りの最中ですから花の絨毯を見に来ておられた観光客や地元の人が多く、この建物の内外で沢山亡くなられました。私もその近くで被災に会いましたので、大聖堂広場やアートセンタなどからのギャギャと言う当時のわめき声と、仮のタンカーで運ばれている怪我人を思い出し、静かに冥福を祈りました

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レッドゾーンの高層ビルも、外目は傾いているだけで大丈夫に見えますが、土台が地震で崩れ何メートルも落ち込んでいたり、建物に亀裂が入っているのでたび重なる余震で危険が一杯ですので、既にハイストリートのグラウンドキャンセラーホテルは今月撤去され、クライストチャーチNo1のホテルであったビクトリア広場に位置するパークロイヤルでさえも今後は営業のめどは立ち難く既に閉鎖されることに決定されました。このように、町の観光シンボルが今からも取り崩されてゆくので、失業者が多く心ある人は、他所に移ったしまいました。 

では 黄色ステッカーの張ってある イエロゾーンの意味の説明をします。危険なので、今は人が住むことは禁止です。でも持ち主のオーナの判断でその家を修理するか、撤去して新築するか、または建物は立てないでさら地にして場所だけは確保しても良いとのことです。この黄色ステッカーの家は、政府の補助はなく、自分の保険だけが頼りですが、保険金も請求してもまだ頂いていないのが現状ですので大変困っておられます。 私は10年間も借家暮らしだったので本当に助かりました。
私の住んでいた家のモントリオ―ル通りも地震直後は完全閉鎖状態で、私自身も自分の家にも行くことが出来ませんでしたが、今は通りは解放されて家に行くくことが出来ました。外目は、昨年の9月の地震後に、オーナが木枠を全部新しく組み替えたので大丈夫でしたが、今年の2月には、煙突と壁が室内に崩れ落ち命拾いをしたことを、以前のブログで知らせましたね。 今は黄色ステッカが張ってあって人は立ち入り禁止でしたので、当然私は中には入れませんでした。

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代わりに隣のレスリ-の家を見せて頂きました。外目は上の写真のように大丈夫ですね。

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でも、玄関に黄色ステッカーの張ってあります。

レスリーご自分がその家の持ち主ですから、危険は自分の管理の元で、私とレスリーは、家の中に入って室内を見ました。

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天井の一部分が落ちてきて、今は鉄の棒でつっかい棒や、木枠をして、修理をしている最中でした。

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2階の煙突も崩れ落ちてきて、ブロックの瓦礫は、既に取り出したので何も残骸はありません。でも2階から1階まで空っぽの隙間になっていました。。 私の台所も煙突と壁が このように室内に崩れ落ちてきて部屋半分がブロックでうずまっていたので、私が当時台所にいたなら瓦礫の下敷きになっていたでしょう。

b0126231_13541424.jpg2階から下を眺めた写真です


2階のベランダーも崩れています。 このように外側だけ見て判断ができないですね。

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レスリ―曰く、ミツの所は、6月の更なる地震で階段が総崩れで、レスリーの家よりはモット酷い状態だそうで、今は表ドアは完全に硬く閉じられたままでした。

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イエローゾーンのアートセンターは、屋根の部分が所々落ちて来ました

落ちた部分が、写真左側の地面に飾ってありますね。有名な演劇劇場のコートシアターは
このアートセンターから、リカトン方面に移動するお知らせの赤看板もむなしいですね。

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私が、昔クリニックを開いたモントリオール沿いのクラマー広場の前にある市の建物であったクラマーセンターは、既に撤去されて空っぽの敷地だけでした。何も無いむなしさだけがこみあげてきました。

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イエローゾーンに家を持っている御近所の皆様はもう年をとっている方が多いですので、このクライライチャーチの町の古い歴史を知っておられ、こよなく町を愛しておられます。だから、自分達が地震に会った時の大変さを語り合った後は、今後の町の回復が、どうなるかを真剣に話しておられました。
レスリー曰く “ Nothing is temporary empty “
撤去されて何も無いことは、一時てき束の間の 空っぽ、空間に過ぎないね“
この言葉が物語るように、“じゃ この空間に何が出来るか”年をとっても
希望を持って この町の将来を考える人達が居ると言うことは ニュージランドの移民精神の現れなのかなと感じた1日でした。  

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最後に、私のお気に入りの ハゲルー植物園のハーブガーデンのタイム達が、今が見ごろに咲いているのをお見せして 早く天地が鎮まってくれることを祈っています。     温江


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by m-mitsue | 2011-12-20 14:06
再び クライストチャーチ へ
2011年12月10日


予期せぬクライストチャーチ地震によって、余儀なくルクセンブルグに避難をして約半年間、娘家族の世話になり、日本に寄って友人知人親戚の人達と会ってから、漸くクライストチャーチに8カ月ぶりに11月下旬に帰ってきました。

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戻った日は、あいにく曇り空でした。空港に着く直前、飛行機から眺めたカンタベリー平野と遠くに見えるサザンアルプスです。日本と違って、ニュージランドは人口が少ないので町の郊外は、建物が無くて長閑な農場地帯です。
降り立った空港も小さく、地震が有ったとはいえ、今は空気が澄んでいました。

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私の住んでいた町の中心部は、まだ閉鎖されているところが多いので、私は空港近くの友人の家の庭にある小屋を借りて住み始めました。大きなくるみの木があって周りは大変静かです。

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この小屋の左側のドアの部分が私の新しい住居です。日本の仮設住宅に似ていますが、中にはトイレやキチンは無いので母屋の所に借りに行きます。
戻った直後は、ここを離れていた分 様々な事に忙しくしておりました。
自動車の切れていた車検も済まし、地震の時に御世話になった人達にもご挨拶をしましたので、漸く今、この住まいで、移動が多かった日本の疲れを癒しております。 私は、まだ地震後の町の様子を良く知らないので、分かったらお知らせいたしますね。

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今日の土曜日に、友人の看護婦アイリーンから、クリスマスキャロルを聞きにゆこうと御誘いがありました。
大聖堂をはじめとして、古い教会は軒並み崩れ落ちたので クリスマスキャロルは,公園でありました。キャロルのパンフレットの表紙をご覧くださいねCarols in the Park と書いてありました。

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青少年の奏でるトランペット、バイオリンに混じって電気ピアノ、ギター、フルートの演奏に合わせ、

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老若男女が、歌います。夜の7;30から始まり、夏なのに大変寒く皆は冬の服を着ています。それほど今年の天候は不順です。


キャロルの歌の合間に、聖書の言葉を信者さまが読みます。
ヨーロッパからの移民であるニュージランド人は、カソリック、英国国教などの信者さんが多く、写真で分かるように子供連れで、教会の行事に参加します。

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祖母と孫が仲良く参加もしていました。
日本の仏教は若い人の参加は、ほとんど無いのが現状です。
今回 日本に帰って、物が豊かにあるのに、何かが欠けているような気がしました。心かな?

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キャロルが終わると、暖かいドリンクとホットドックのサービスがありました。

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食パンとホットドックの定番の組み合わせで、私も大きな叔父さまから、しっかり頂きました。 このようなニュージランドのラフな暮らしが、再び出来たことに喜びを感じました。   

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大晦日にむけてお忙しいでしょうが、どうぞお身体ご自愛くださいね。  
                                               松村温江  

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by m-mitsue | 2011-12-10 21:42


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