近況のご報告です
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新Emailアドレス
2011年3月27日

3月末で 長年使っていた Xtramail をキャンセルしますので
先日一部の人にお伝えした Hotmail が私の新Eメールアドレスです。
今後とも宜しくお願い致します。


m.mitsue@hotmail.co.jp

皆々様、どうぞお体ご自愛ください 

 松村温江
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by m-mitsue | 2011-03-26 20:41
油断できぬ クライストチャーチ地震 (5)
2011年3月23日

ニュージランドでは 2月22日を過ぎる1か月後の満月の夜が又地震で危ないと言うことで、クライストチャーチから1万人以上の人が地方に避難をしていましたが、1昨日の3月22日の4時頃 マウントクック、テカポ、と ダニーデンの間にある小さな田舎町ツアイゼルで 4.1の地震があり、夜10時にはクライストチャーチで5,1の地震が再び起こりましたのには国中がびっくりしました。
そのためにクライストチャーチでは今までの地震で持ちこたえて欠陥建物が更に崩れた所が多かったと今日のTVで報道していました。 
更に1か月過ぎた今でも、町の中心の商業地区がまだ閉鎖状態なので、ショップオーナ達の憤りが爆発して封鎖をしている警官達ともみ合う場面があって、今日は一部分でショップを経営しているオーナ達が自分の店に入ることを許されて 崩れた建物から荷物を運ぶ場面や、郊外に店を引っ越しするオーナや倒産する会社が続々でてきたことも話題になっていました。
更に 町の所々で水道管と下水管が破裂したまま、復旧工事が遅れているため水が汚染されていることや、まだ一部分の住宅のトイレーが使えないことから、衛生面での注意が日本大使館から下記のようなメールで届きました。

① 飲み水や 歯磨きをする水も、必ず沸騰させること
② 大便は、ナイロン袋でしっかり密封させて赤カバーの廃棄処分ボックスに捨てること
③ 医療機関や 生活相談は 何処何処・・・・ など沢山の注意事項がなされていました。

昨日で1か月が過ぎた今でさえも、予断が許せない状況ですから、日本の方はけた違いにモット大変だと思います。 すでに 放射線汚染、電気、水 食料不足などの問題が出てきているニュースが入りました。 日本は今まで便利な上に消費文化でしたので、今後の節水、節電、交通の遅れ・・・などなど皆様のご苦労を感じますので皆様もお疲れが出ませぬように!念じております。 この非常時に和を尊ぶ日本人としての一人ひとりの自覚が国を復興させてくれると信じております。共に分かち合い、共に励まし、進みましょう

私は今週末に、タウランガからオークランドに行き、3月末に一度クライストチャーチに戻って
封鎖がとけていれば10年間住んだ愛直のある私の住まいを見てこようと思っています。
必要な物だけでも持ち出したいとは思っております。 大家さんも、事務所が転居したとメールで知らせてきましたので4月に会いにゆくことになりました。
大家さんが再び修理してもこれ以上は住むと危ないと私は思いますので転居を考えておりますが、まだ町がこのように状態ですので何処かに仮住まいをしなければなりません。 転々している私の身を案じてヨーロッパに住んでいる娘が、クライストチャーチが落ち着くまで、娘家族の家に来てほしいとの話がありますので、きっとそうするでしょう。 そして一度ゆっくり休ませてもらってから 時期をみて日本に寄って又ニュージランドに戻ってゆっくりと家探しをした方が良いと思うようになりました。 
クライストチャーチの地震は一部分の被害で、日本の地震津浪の莫大な被災の大きさ、原発の爆発の怖さに比べたら ちっぽけには思いますが、亡くなられた人達は一人ひとりが皆な掛け替えのない命です。どうぞ 安らかに成仏して下さいと神仏に祈らずにはおれません。

南無阿弥陀仏 、南妙法蓮華経、オン マデ ぺデフン

生かされ生きている自分に感謝して、先ずは身近な所から自分の生活を真摯に調えて行きたいと思います。
 

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by m-mitsue | 2011-03-23 22:43
三陸沖大地震への鎮魂 (2)

日本の被災者の皆様 お見舞い申しし上げます


きのう東京の友人からEメールを頂き、分かっただけでも死者行方不明者を合わせて既に2万1千人を超えるそうです。ニュージランドの新聞TVも連日で日本の被災のニュースを伝えています。小学校の3階に避難をしたために助かった子供達のうちの30人だけが地震発生後 1週間以上たってもまだ親が迎えにこないので、じっと無言で待っている新聞の写真をみました。子供達は親が津浪に巻き込まれて行ったであろうことをウスウス感じてはいるのでしょうが・・・・・幼さ心で必死に堪え偲んでいる姿に心痛し、私はこれからまだまだ被災の現状が大きく深刻に長くなってゆくのを感じて日本の今後の大変さと、遠くに住んでいても日本国民としてそれに対処しなければならない心構えを肝に銘じなければと思いました。
と言っても私自身も今は被災の身でお役に立てなくて心苦しいです。 2月22日のクライストチャーチの第2波地震で外壁は昨年修理したばかりで強かったのですが、家の中は壁が総崩れてきて命がけで逃げて、水、電気、トイレも遮断され翌日からは警察によって封鎖された所に住まいがありましたので、今は避難生活をしております。 地震直後は町の郊外であるケイコ&マイケルさんの家に逃げ、次はオークランドのカオリ&フランクさんの家に移り、今はタウランガのアツコ&エリックさんの家にお世話になっております私の場合は幸運にも、ハグレー公園やバンサイド高校の集団避難所ではなくて、現地の方とご結婚をしている日本人女性の友達達が助けて下さっています。
その御蔭で、暖かい食事と、シャワーとベットを提供して下さっておりますのでご安心ください。日本の親戚知人友人の皆様から支援物質を送りましょうかと言う暖かいおメールを沢山頂きましたが、私にはご心配は御無用ですので、どうぞ日本の被災者の方に御心を注いで下さいますようにお願いを致します。

そして現在、地球自体が悲鳴をあげていますので、何処で何が起こっても不思議ではありませんので、ご自分の家の点検も先ずはしてくださいね。
飲む水、非常食の確保、懐中電灯、携帯ラジオ。帽子防寒着マスクなどなど
タンス、鏡台。食器棚、全部が倒れないように!
タンスの引き出しや食器棚も扉が開いてガラスや物が割れますから、屋内でも屋内シューズをはく習慣にしておかれた方が良いと思います。
逃げ道の確保、窓からも逃げれるように非常階段や非常綱もご用意ください。

遠くに居る私でできることは、地震でショックやパニックを受けている人達、眠れない人達にも心の動揺を和らげるバッチフラワーレスキューレメディーの情報をお伝えすることです。
バッチフラワーレスキューレメディーは、日本では東急ハンズで発売をしています。
もしお買いになったらその小瓶から4滴を500mlの天然水のボトルに入れ振ってから
お飲み下されば良いのです。今現在お医者さまの治療を受け御薬を飲んでいる人も併用しても構いません。幼児妊産婦、動物でも副作用のない植物でできた穏やかな花のエッセンスです。
もっと詳しく情報が知りたい方は バッチフラワー研究会で 検索して下さいね

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by m-mitsue | 2011-03-21 20:03
三陸沖大地震への鎮魂(1)
2011年3月15日

日本の皆々様 お見舞い申し上げます
被災者の皆様の御安全ご回復を祈っております
電気、水、便所、食料不足の眠れない日々を案じております。


私はニュージランドのバッチフラワーTairuaの集いから戻った週の金曜日 3月11日の夕方、日本の地震、それに続く津波の惨事を知りました。

テレビでは最初はマグニーチュウド8.9の大揺れを映し、次に10メートル以上の高さで数キロに及ぶ大津波が海から押し寄せ、波止場を超えビル家屋を根こそぎ倒し町を飲みつくした上に、濁流のなかにあってもあちこちから火災の炎が上がって、逃げようとしている自動車の群れまでも飲みこむすさまじい映像に私は地獄を見た思いでした。
クライストチャーチで自分が被災した時は、冷静でいられ無事に逃げた私でしたが、日本のこの惨事を見た時は、大ショックをうけて背中に重りを背負った感じが続きました。
ただ ただ 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と御念仏を申すしかありませんでした。

13日は福島原子発電所の第1爆発、15日はそれに続く爆発を知って日本の被災の計り知れなさを憂いました。どのように身を守ったら良いかも分からなくなります。東北には私の親戚、大学時代の友人や、空の会の身内の方が多く住まれていますので心配ですが、私自身がクライストチャーチ地震で家を失ったので、友人の所を転々と移動しておりますので、何も皆様の御役に立てないので申し訳ないと思っております。

振り返ってみますとクライストチャーチの昨年9月4日に起きた地震のあと余震が5000回以上も続き皆が揺れに慣れてしまった頃、突然2月22日に第2回の地震でした。第1回目の地震で建物にひびが入っていた所が、度重なる揺れのために、どの建物も段々と亀裂が大きく成って第2回の地震で持ちこたえることができずに総崩れになったのです。
ヨーロッパにいる私の娘は、地震のニュースを聴いて私の安否を遠くから尋ね回ったそうです。日本領事館まで尋ねたそうでしたが分からず、私が漸く友人の家に落ち着いた時に電話をかけたら泣いていましたので、日本の皆様には
どんなにか御心配のことか案じております。

日本の地震とクライストチャーチの地震も太平洋の同じプレートに乗っているので関連をしているそうです。地球自体のエネルギーが今は変化しているので何処で何が起こるかは予測が出来ないともNZでは噂をしています。
日本の今回の地震の規模はクライストチャーチの1000倍、神戸大震災の385倍だそうです。
地震からまもなく1か月になろうとしているクライストチャーチですが、まだ時々揺れて、まだ水も電気も便所もままならず、町の中心や商業地区が閉鎖されています。私の隣に住むレスリーからの電話では、ろうそくの光と庭に掘った仮便所、支給された水での生活ですが3月20日頃もまた地震が起きそうだと言われていますので私同様に田舎に避難をすると伝えてきました。ここでこのような状況ですので、日本はこれからがモット大変だと想像しております。皆様のご無事をお祈りしております。

と共に、5月15日に予定をしていました東京空の会も今年は自粛させていただきたいと思い中止に致します。どうぞご近所、友人知人の皆々さまと力を合わ励ましあってせて共にこの苦難を乗り切ってゆきましょう。 合掌


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by m-mitsue | 2011-03-16 02:21
クライストチャーチ地震 4 (祈りと避難)
2011年3月9日

この度のクライストチャーチ大地震に際して多くの友人知人親戚の方から安否やお見舞いのメールを頂きまして有難うございました。

ありがとうとは、語源が“有り難し” 仏陀が“人間として命を頂くこと、命を存続することは大変難しく稀なことであるから命あることは有り難しと述べたことから ”有り難し“ が → ”ありがとう“ と感謝の言葉になったと聞いています。

この度の地震で28名の日本人を含め166名の人が亡くなり、今も200名以上の人が行方不明で日夜、ニュージランド政府機関だけではなく世界の国々からの支援をもとに捜索にあたっています。振り返って見ると、地震の有った時はクライストチャーチの花祭り期間で、多くの国から観光客が訪れ、勿論大聖堂には花の絨毯が飾られていました。 その期間のランチタイムでしたので誰がこの地震の被災に有っても不思議ではなかったと思います。私の住んでいた所は、クライストチャーチのシンボルである大聖堂から歩いて数分の所に位置していましたので、私もまともにこの大地震に遭遇しましたので命が救われ、いま命があることが有り難いことだと思いました。残された命をこれからは大切に過ごしたいとも思っています。その体験を3回に分けてすでにこのブログでお伝えしました。

その状況の中で、私は地震前に予定をしていたニュージランドのバッチフラワーTairuaの集いに参加するために3月1日 北島オークランドに来ました。
オークランド空港には、10年来の友人である香織ちゃんが迎えてきて下さっていました。

私が着いた3月1日はちょうど地震から1週間目に当たりますので、地震が起きた時間12:51にはクライストチャーチでは、全市民が亡くなった人、行方不明の人達に一斉に黙とうを捧げていたのを夜テレビのトップニュースで報道していました。私も合掌させて。いただきました

オークランドに来る前日に、私は今まで教えていた気功教室 AVEBURY House の予約を取り消すためにクライストチャ―チの北東部、Shiry, St.Albans とRichmond方面に初めて車を走らせました。そのあたりも被害が多く、所々で道が閉鎖され、地震当時は液状化現象で水が氾濫して多くの砂が吹き出てきて家や道を覆ったそうです。マグニチュード7,1の9月の地震後、今回のマグニチュード6,4の地震で更に総計1万家がいろいろな被災に会いましたので、市民やボランティの方々が水が引いても残された砂出しに毎日精を出して、何台ものトラックが集めた砂を毎日運んでいました。砂と埃が充満しているその道を通って漸くAVEBURY Houseの近くに着くと、既にそこ通じる道にDangerの看板がかかり侵入禁止になっていました。地震が起きる前の前日 2月21日は、そこで気功教室をしてから皆で私のフラットに移動してウエーインさんのお別れパーティーをしていたので、地震がその日だったら気功の仲間も被災していたかもしれないと一瞬頭をよぎりました。これも仏陀が私達を守って下さっていたのかもしれません。
毎年日本からロングステェにこられ、気功教室に参加下さっている御夫婦には電話では地震は大丈夫だったと話しておられましたが、帰りに立ち寄ったら既に居られなかったので今はクライストチャーチから何処かに避難をされたのだと思いほっとしました。このように私だけではなく多くの人達 7万人がすでに他所の所に避難をしているそうです。 なぜなら3月20日次の満月時にもクライストチャーチ付近で地震が予測されているためです。 

オークランドに着いた日、気が抜けたのか、それともクライストチャーチで一杯の砂とホコリをかぶったせいか私は咳がでて止まらなかったのです。
香織さんの掛かり付けの医者GPに行ったところ、熱が出たねと尋ねられましたが、地震直後は喉が痛くて声枯れしていても緊張していたせいか気が付きませんでした。しかし気管支炎と診断されて1週間の抗生物質と気管支拡張の吸入剤が処方され、いつも元気しるしの私でさえも身体が弱ったのですから子供や老人の人達はモット大変だと思います。1日も早い平和を望みます。

最近でも又4,6以上の余震が、クライストチャーチ、ウエーリントンにもあったそうです。
クライストチャーチ市内中心地は今も警察と軍隊によって硬く閉鎖されていて、残っていた住民にも退去命令が出されて、行方不明の方達の捜索がスムーズに運ばれ、捜索にあたって第2次災害がないように政府が市民を強く守っています。市内閉鎖はまだ1,2か月は続くそうです。
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by m-mitsue | 2011-03-10 11:17
クライストチャーチ地震 (3) 
3月1日
1週間後の情報

死者 160名以上
行方不明 200名
カンタベリーテレビ局建物倒壊による生き埋め,
キングス英語学校に通う富山市の高校生捜査続行
クライストチャーチ市の寸断されていた、電気、水が少し筒回復されている
町の中心部は警察、軍隊によって閉鎖はまだ1ヶ月半はされるでしょうと言うことです。

キングス英語学校に通う富山市の高校生を救出した人たちの話に寄れば、ちょうどランチタイムで
窓際に居た生徒さんたち3人だけが、3階が突然崩れて彼らの居た4階が1階まで落ちてからほおり出されたために助かったそうです。その中の一人が日本で報道された19歳の無残にも足をなくされた少年です。奥に居た人達が皆な犠牲にあったそうです。其の中には、私の知り合いのKingsのアカデミック英語のマネージャだったリア先生もおられ、まだ発見されていません。なんとむごい事か!
この建物は比較的新しいモダンな外観をしていましたので、今は建物の欠陥があったのではないかと噂されています。

このの状態ですが、私は予定通り 大地震前に予定していたバッチのミーティングに出かけるために
オークランドに行きます。
救われた命、やはり私は自然慮方を続けてゆきたいと思います



3月3日
地震 10日後  (平成23年3月3日)

在ニュージーランド日本大使館より出されたクライストチャーチの状況をお知らせします。


1 被害・救出状況

 報道等の情報によれば、これまでのところ死者161名、200名以上が行方不明(死者数が含まれる可能性あり)となっています。3日午後、ニュージーランド政府は、被災地における捜索救助(rescue)から遺体のリカバリーの段階(body recovery phase)へ移項する旨発表しました。



2 支援・インフラ等に関する情報

(1)市内の水力供給は67%ほどに回復しています。また市内電力の87%が回復しています。



(2)NZ赤十字社の発表によると、クライストチャーチで生じた地震被災者及びその家族に対し、次の2つの手当が支給される模様です。



(ア)困窮者緊急手当(Emergency & Hardship Grant)
 電力、水道、下水のいずれかの供給が止まっている自宅に居住している者、または右理由により自宅を離れなければならなかった者を対象とし、単身世帯には500ドル、夫婦ないし家族世帯に1,000ドルを支給。
(イ)遺族手当
 死亡者の近親者に対し10,000ドルを支給。
 
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by m-mitsue | 2011-03-04 07:10
クリストチャーチ地震 (2)
2月23日 地震翌日

一夜明けて私の避難させていただいた空港近くのBishop dale は幸いにも電気、水がきれなかったので、テレビで以下の情報を得ました

死者 50名
行方不明 300名
カンタベリーテレビ局建物倒壊による生き埋め捜査
キングス英語学校に通う富山市の高校生 22名の生き埋め捜査
クライストチャーチ市の80%は、電気、水が寸断されている
町の中心部は警察、軍隊によって閉鎖されていること

地震当日は、私のほかに家を失ったケイ&マイケル友人の安江&ブライアン家族3人、ケイさんのところのフラットメートの友人も次々避難して来て 総勢11人になりました。お互いに怖かった経験を語り合って、私達は命があっただけでも幸いだったと幸運を感謝しました。

ケイ&マイケルさんを中心に、自分の飲む水ボトルに名前を書く、すぐ逃げられるように靴は玄関の近くに並べる、トイレーをしても水を流さない、お風呂の使い水を活用する、皆で食事を作って共有するなどのルールを徹底したおかげで恐怖を皆で乗り越えました。

翌日少しづつ余震が遠のいてきたのを見計らってから、お互いに自分の家を見に行く事になって私は、マイケルさんと行きましたが、私の住んでいたところは大聖堂の近くなのでその日は閉鎖が厳しくて入る事ができませんでした。
安江&ブライアン家族は、彼らの家のあるAvon River sideは9月4日に引き続き、今回も大きな被害があって橋は崩れ水みだしの壊滅状態です。水がひくと山ができるほどの砂に埋まり、沢山のボランティアーを募って川沿いの地域全体のの砂堀,砂だしに毎日出かけていきました。それが日本のニュースに報道されていました。今回私は皆様に写真をお見せできませんが日本から多くのメディアがきていますので、其の通りの現状です。

着の身着のままで逃げてきた私は、パスポートの貴重品だけでも持ってこなければと思い24日の朝も再挑戦しました。警戒が厳しくバリケードの入り口の警察官と交渉しても住民で在る私でさえも入る事ができず、あきらめかけていたときに、後ろから “ みつ生きていたね!どうしたの!わたし達が助けてあげる”と言う声がするではないでしょうか? 振り返ると、後でわかったのですが、 ちょうどカンタベリーテレビ局建物倒壊によって逃げてきた妹が入院しているクライストチャーチ病院に行く途中のトリスティン & アナベルでした。彼らは国の仕事をしている関係で警察官と交渉して下さって彼らと一緒に私の家を見に行くならOK と言う返事が出て、大きなキウイの2人に支えられて町に入りました。私のフラット仮家は、外側は昨年修理したばかりなので倒壊はまぬがれて建っていましたが、中は古くて部屋の入口も、台所の煙突近くの壁も崩れ瓦礫や落ちてきた物で埋まっていましたが、DOC自然環境保護局に務めている逞しいトリスティン & アナベルが、瓦礫を掻き分けて私の大事なパスポ-トが入っているトランクを見つけて下さいました。その後クライストチャーチ病院に入院をしている妹クレメンシーを見舞いに私も行きました。病院も警戒が厳しく入るのも監視されていました。クレメンシーは、昨日は麻痺をしていた足が、救い出されてから夜に腰の手術をしたおかげで少しだけ感覚がわかるそうでした。
この大災害に対して、ニュージランド政府の住民を守る対応の早さと、病院関係を含めて連携の良さを感じますので、必ずこの町はまた再興できると信じています。

クレメンシーは以前私の気巧の生徒さんでしたので、彼女の結婚式に招待されて私の日本舞踊をお祝いさせていただき、この家族みんなと知り合いになっていたおかげで今回、トリスティン & アナベルが私を助けて下さいました。ほんとうに不思議なご縁を感じて神仏は居られると思いました。ご両親もかけつけお母様が動揺されておられましたので、私はレスキューレミディーと優しいマッサージを差し上げました。バッチのレスキューレミディーもいつもこのように私や周りを助けてくれます。

翌日は 隣のレスリー、其の翌日はマイケルに助けられて、警戒態勢中だったのですが町に入り、物欲はありませんが今まで過ごしたNZの生活情報や勉強した情報が入っている大事なパソコンも見つけることができました。ひとえにニュージランド人キウイの人の逞しさと温かみを一杯感じました。

ありがとうございます。    感謝
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by m-mitsue | 2011-03-03 11:30


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