近況のご報告です
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ベルギーの食事
2010年8月25日

ベルギーBruggeで過ごした時は、自転車で5分の近くのパン屋さんに毎朝一番に焼きだてのパンを買いに行きました。最近はベルギーも手作りの個人のパン屋さんが少なくなったそうですので、
地元の通の人達は毎朝、その日の分だけを買いに行きます。
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いろいろな種類のパンがありましたが、やはり一番美味しいかったのはシンプルなフランスパンの生地に似た小さめサイズの円形パンでした。 二つに割ると中が餅を食べているように、もちっとしたふわふわ感がなんともいえませんでした。
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そのパンを小さくちぎって、バター、チーズ、ジャムや生ハムを添えて味わいました。
チーズやパン、ジャムの種類の多さは、やはりヨーロッパですね。
飲物は、果物ジュースの他に大きなカップでコーヒを飲むのがフランス、ベルギ、ドイツ地方の飲み方だそうです。理由は昔、農夫や職人など労働者階級の人々が働く前に沢山飲んで労働のエネルギーを保つためだったそうです。その習慣が今も残っているそうです。バカンスの朝には最適な食事でした。

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朝をゆっくり食べたので、昼は胃腸を休ませるために御手製の人参バジルスープを頂きました。人参の赤みと新鮮なバジルの色が混ざり爽やかな色で風味も抜群でした。
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翌日のの昼は3種類のチーズで作ったキッシュも楽しみました。混じり合ってチーズのまろやかさが微妙な味でした。
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夜は日本食の鮭のチラシ寿司を頂いたり、地元の人で賑わうレストラン ”SIPHON ”に招待されました。そのレストランはBruggeの郊外にあって回りは自分の農場です。

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そこの川でとれた地元のウナギの燻製の前菜は、あっさりしていて日本のウナギのかば焼きのようなコッテリさは無かったです。
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そこの農場でとれた肉で、御客様の面前で御客様の好みによった焼き具合に炭で焼いていました。
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友達夫婦は、ちょうどその日が結婚28年目に当たりますので旦那様は1989年もの赤ワインを注文して皆なでお祝いをしました。
b0126231_105325.jpgウエータのマナーも良く、


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友達は馴染のレストランなのでハンサムはレストランオーナの息子さんも挨拶にみえました。

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デザートは勿論、そこでとれたキイイチゴのアイスクリームでした。
何と 贅沢なバカンスをさせていただきました。30年以来の友達夫婦に感謝でした。
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by m-mitsue | 2010-08-28 01:03
ブルージュ Brugge
2010年8月19日

日本の友人知人の皆様、御盆休みも終えて如何お過ごしでしょうか? 台風の被害ニュースも聞きましたので案じております。ニュージランドの皆様、冬の寒さは幾分緩みましたか?

私はルクセンブルグに到着後の1週間は、孫マリカ〈3歳)の七五三の祝いや、娘婿の家族にご挨拶などをして過ごしました。
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孫の着ている着物は、娘のおさがりで、着物は親から子に伝える日本の伝統を娘婿の家族は理解して共に楽しんで下さいました。
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翌週は、ブラッセルの友人のブルージュの別荘に娘家族と共に御招きをいただき、ゆっくり過ごさせて頂きました。友人の別荘は町の中にあり、昔ながらのレンガ作りでした。中は現代風に改築されていましたが、改築する際も、通りに面する所は昔のレンガがあった状態そのままにひとつひとつ復元する規則になっているそうですので、改築するのに時間と費用がかかるそうです。
b0126231_9362191.jpg友人の別荘の前で


b0126231_9375961.jpg室内


友人の旦那様はブルジューで生まれて幼少時代を過ごされましたので、要所を案内していただきました。
ブルージュとは橋と言う意味で、50以上の橋がかかっていて北海と水路で結ばれている運河の町です。 13世紀頃はヨッローパの貿易の中心地でしたが、水路が泥で堆積して浅くなり、商船が出入りできなくなったために廃れてしまいましたが、そのために中世の古い姿のまま今も残されていて、人口五万人に対して、教会が28もあるそうです。

最初は町の中心であるマルクト広場に行き、その南側には有名な鐘楼Belfort がそびえています。鐘楼の47個の鐘からなるカリヨンの音色が町にこだましています。
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東側には州庁舎がたっていて、観光客を乗せる馬車がマルクト広場から出発します。
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でも馬車を乗るには長蛇の列ですので、私達は運河巡りに行きました。
ドライバーは4ヶ国語以上できる若者ですので、英語、オランダ語、フランス語、ドイツ語で順次説明して下さいました。 運河からみる教会、病院、商家などいろいろな建物の見事さに感動しました。
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28の教会の一つである聖母教会の内部に安置されているミケランジェロ作の“聖母子像”
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ペギン会修道院では 今も15世紀そのままの修道服を着た修道女が夕方のミサに出向いておられした。b0126231_9461473.jpg

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ここに生えている木は、リンデン別名ライムでした。リンデンは和名を菩提樹と言い、御釈迦様がその木の下で悟りを開いたと言い伝えられておりますから、宗教が違っても敷地内に同じ木が植えられていることに不思議さを覚えました。だから、ここにいるだけで気持ちがとても落ち着きました。

ブルージュから北西に車を20分位走らせてゆけば、北海が見えます。

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クノック海岸から天気の良い時は左の北西方面に イギリスのドーバ海岸が
見えるそうです。ブルージュの現地の人は日常オランダ語を話しています。しかし
ベルギーの公用語はフランス語ですので、ヨーロッパの人は言語にたけているのは
近隣の国が身近だからだと思います。

3歳のマリカも、家では日本語を話し、娘婿の家族とはルクセンブルグ語、クレシュー保育園ではフランス語の環境の中にいますので、英語だけでも困難さを感じる私にとっては羨ましいかぎりです。
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by m-mitsue | 2010-08-19 09:46
ルクセンブルグ到着
2010年8月9日


日本は夏休みですね。、ニュージランドは真冬で、今週は寒さがぶり返したとメールを頂きました。
私は1週間前にクライストチャーチを出発してオークランドを経由してニュージランド航空で12時間(一晩)飛行して、香港に翌日着きました。ニュージランド航空は、シンガポール航空と同様に好みの映画が見られるので長旅も私にとっては苦にはなりません。
b0126231_12185442.jpg 香港の空港


次のフライトまでに香港で5時間余り待たなければなりませんでした。
香港へは10年以上も前に2回ばかり旅した経験があったので、飛行場を出て町の中の移り代わりでも見ようかなと思いましたが、新しい香港空港は市内まで行くのに1時間はかかり、往復2時間要するとのことで断念して、空港内をブラブラ見て回りました。
1昨年のヨーロッパ行きは上海経由でしたので、香港新空港も上海新空港同様に私が知っていた昔の泥臭いイメージなどひとかけらも見当たらず建物内外すべてがヨーロッパ調に一新していました。
でも、空港内の展示はやはり中国でした
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シンガポール空港と同じように足のマッサージの店などがありました。
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漢方薬の店で私は鉄観音、ジャスミンティ、プアール茶等を買いました。
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次のフライトはルフトハンザ航空にて、香港からアルプス山脈を越えて更に12時間かかりフランクフルト空港に着きました。ドイツは大きな都市近郊でも上空うから見下ろすと、まだ緑が多く見られます。
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私は飛行機の中で食べる食事も楽しみなのですが、中国を経由をすると食事が中国の人の好みの味付けになっているので私には美味しく感じられません。日本経由だと機内食も日本の寿司や蕎麦もついて美味しいですね。
そこからまた乗り換えて 漸くルクセンブルグに着いたのは夜の10時でした。
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ニュージランドとヨーロッパの往復はアメリカ経由も経験しましたが、地球の南から北まで行くので、やはり丸2日間はかかります。季節も真反対で、真冬のニュージランドから真夏のヨーロッパになります。時も大体12時間の差があって、昼の12時が夜中の12時になるので、やはり時差ぼけが治るのに2,3日はかかりますね。

でも孫娘マリカに会った途端、彼女の飛ばすシャボン玉のように疲れも吹っ飛びました。
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ルクセンブルグを皆様は御存じでしょうか? 友人の一人はドイツの一つの都市と勘違いをしておられるほど小さな国です。面積が神奈川県位で、人口は50万人です。しかしヨーロッパの統一のお金であるユーロを提唱したのはこの国の首相でしたので、今では世界の銀行が集まっている経済国家になりました。公用語はフランス語ですが、人々はスクセンブルグ語を話しています。この小さな国は何時も周りの大国から侵入されていましたので、隣国であるドイツ語とフランス語の交じった言語が
ルクセンブルグ語になりました。
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by m-mitsue | 2010-08-10 12:52


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