近況のご報告です
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 不思議な恵み
2009.5.20

ニュージランドに戻ってから、不思議な恵みが度々ありました。
外から戻ってくると、私のフラットの扉の前に、焼き上がりのパンが置かれていました。
翌日は ハニーが一瓶おいてあり、翌週には二つのバケツ一杯に使いさしのお米や、野菜、果物、調味料などが置かれていました。 メッセッージが残されていませんでしたので何方からの頂き物が知りたくて心当たりの方に尋ねてみましたが、とうとう分からずじまいでした。残されたバケツ一杯の食料は、きっと日本に突然帰国しなければいけない方が 私のことを思い出してくださってお恵み下さったのではないでしょうか?この紙面を借りて厚くお礼を申しあげます。

さて 今回の私の日本滞在中も沢山の皆様にお会いでき、大変お世話になりました。
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東京の空の会の皆様とは 国分寺の殿が谷庭園で “気功 と自然療法”を1日楽しみました。
前田さま、平野さま、内田さまにはその日に向けての沢山の準備や当日のお世話を頂き本当にご苦労様でした。また毎年 自然食のおいしいお寿司や自前の梅干,生姜漬けを調達して下さった東郷さま、榎本さま
ありがとうございました。
東京空の会のメンバーは、皆様がユニークな方ばかりです。画家の方や、七宝焼き、野草の染物、陶芸などのアート関係や、教会のベルの演奏を一生の楽しみに生活されておられる人などが、御互いの展覧会や
音楽会を伝え合っておられます。

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私が以前 漢方薬局に働いて居りましたときからの長いお付き合い名古屋と刈谷の皆様、
美味しいランチありがとうございました。 清水さんの計らいで愛子さんの家での団欒はほのぼのとした
感じです。早川さん、福森さんの計らいで刈谷東部公民館では 毎年1日だけふれあう気功の集いも
楽しみでした。

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赤池公民館では体操教室を25年も続けておられる世戸口静子さまのお世話で、今年は70歳を超えた人が多いために寝ながら出来る “ 長寿呼吸法”をお伝えしました。
b0126231_22514415.jpgその折には 30年以上も前に同じ職場で働いていた薬剤師の仲間も駆けつけてくれました。


また 世戸口御一家の皆様にはいつも小原村の谷あいの自然と山菜料理を堪能させて頂いております。
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b0126231_22541338.jpgご主人さまの田舎暮らし槇割り


今年は更に幅口さまのご紹介で東郷町の市民大学講座で“ 暮らしの中の養生法 ”を2時間させて頂きました。その様子を中部ケーブルネットワークが、取材にもこられました・
このような いろいろと経験させて頂きましたことを糧にこれからも ゆっくり自然療法の道を歩んで参ります
ので ご指導と励ましをお願い申しあげます。感謝 
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by m-mitsue | 2009-05-19 22:55
母の言葉

① 人と同じ事をしていては向上心が育たない。 考え工夫しながら毎日の出来事を実践してゆくように。
② 教育が財産、知恵資格を持って生きる力を親は子に授けるだけ。
   親から受けた教育は貴女の子供に返してあげてね。
③ 自分の力で考え、汗水をたらして得たお金だけが 自分の財産である。人様には迷惑をかけない事。
④ 正直が一番、正直は一生の宝。間違った事はしない。 約束事は守ること。天がいつも見ているからね。
⑤ 仕事は手でするのではなくて頭でする。 手は二つしかできないからね。
⑥ すべき事は精一杯行動し努力して、後はじっと待つだけ。待って我慢しつづければ、
   後は時間と状況や環境が自然と問題を解決してくれるからね。
⑦ 植物は嘘をつかないよ。 手をかけ愛情を注いだ分だけ実り有る喜びを与えてくれるよ。 
⑧ 年をとっても自分の身の回りの事は、出来るまで自分ですること。
   常に動いていないと、留まったり、止まると体がだめになりそう。
⑨ 毎日の生活に感謝をして 病院に厄介にならないでポックリ往生したい。 
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母の一生は、この言葉とおりに貫かれていたように思います。大変な出来事が起こっても、男性のように臨機応変にこなし、困っておられる人がいれば細やかにお助けしていたと、ご近所の方が私に語ってくれました。私は幼い時から、両親と一緒に食事を食べた記憶があまりありません。それほど仕事に没頭したのは 私達兄弟を教育するための資金が沢山必要だったのだと思います。母は御殿場女学校を出てから小田原和裁専門学校を卒業後、神奈川県の教員資格もとっていましたので、私達の教育には熱心でした。そのお陰で兄達は 遠く離れた東北大学に行き、私は東京の薬科大学に行かせてもらえました。
その基礎があったために今でも働く事ができ、私などは、遠くはなれたニュージランドで暮すようになったのも幼い時からの母の言葉 “人とは違った考え方、向上心を持って”などと促されていたために違いなかったです。 だから 私達 兄弟は 無意識のうちに 母に諭された言葉に支えられた行動 をして生きているように思います。
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また、母の死も、生前 口癖のように言っていた通りの“あっぱれ、ポックリ往生” でした。病院の入院経験もなく、亡くなる前日まで長男一家と夕飯を食べての翌朝の出来事でした。私の兄弟達が、私がニュージランドから帰国するまでの2日間も通夜を延期してくれたお陰で、まだ姿がある母に会えました。生きているように安らかな寝顔でした。
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長男の弔辞の言葉の中で 「 今度生まれ変わっても、もう一度 母の子供で生まれたい 」
私達 兄弟は 皆な そう思っています。 お母さん ありがとう 
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by m-mitsue | 2009-05-01 20:30


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